『スイスのお料理』、と想像すると、
『チーズファオンデユ』『ラクレット』に代表される、
チーズたっぷりのお料理を思い浮かべられるのではないか。
『アンデルマット』、欧州の水がめとも称されるスイスのほぼ中央部に位置する山岳地。
ゴッタルド峠をはじめ8つの峠があり、いにしえより東西南北を結ぶ交通の要所であるここは旅人や商人が行き交う山村の宿場町として栄えてきた。現代ではスイスが誇る鉄道網の要でもあり、東西を結ぶのは【世界遺産の氷河特急】、南北には、北はドイツ方面、南はイタリア方面をむすぶゴッタルド鉄道が交差。夏季は雄々しき山脈を背景に緑の絨毯が拡がる中をハイキング、冬季はスキー、スノーボードなどのウインタースポーツと年間を通して多彩な旅体験を楽しめる山岳リゾートである。
2023年秋、この地に初のミシュラン2ツ星を齎した新進気鋭のシェフがいる。【Dominik SatoとFabio Toroffon】双子兄弟シェフだ。
スイスラグジュアリーリゾートホテルの一つ『The Chedi Andermatt』が誇るシグナチャーダイニング『The Japanese』のエグゼクテイブシェフを共に務める。35歳(受賞時は34歳)若さ漲る爽やかな青年だ。2つ星に加え、ミシュランより、優れた技巧と将来を嘱望される若手のシェフに贈られる『BlancPain Young Chef Award』にも輝いた。
料理の道を共に歩む二人。生まれ故郷スイス北東部シャフハウゼンのFischerzunft in Schaffhausen(ミシュラン1星、ゴミョ19点)、ここで実習研修生として『はじめの一歩』を刻む。以降は、各々が各々の料理道の進路を歩み、今回の受賞作品のルーツとも言おうか、ミシュラン3星、ゴミエヨ19.5点を有する名店『Victor’sResidenz Hotel by Christian Bau』ザールランド(ドイツ)。Bau氏のもとで再び共に研鑽を積むことになる。奇しくも後にドミニクの配偶者となるYoshikoとの出逢いもその店にあった。師匠BAU氏は、料理、食材、メソッドに対しては勿論のこと、料理人として、いや人間としての振る舞いに対しても殊の外厳しい御仁である。入社して数日で消える者も居れば、翌月にはキッチンスタッフ構成が異なるほどに去っていく者も少なくない。これをパワハラと一言で片づけるには余りにも短絡だ。『プロの料理人として人の口に入るもの、人の五感を揺らすモノ創り』それに取組む姿勢を当り前に説き背中を見せているだけに過ぎない。筋の通った緊張感の中で修業した日々は彼ら(TwinsとYoshiko)の結束力をも強くしていった。逃げ出さず『遣れること』『遣るべきこと』に直向きに取り組んだ日々は、以降も山積する課題を乗り越えていく力を養っていった。
彼らの師匠であるChristian Bau氏、彼が日本の食文化に惹かれた源に日本料理『龍吟』との出逢いがあった。山本征治シェフ率いるコンテンポラリージャパニーズ、懐石の既成概念を払い素材を活かし斬新な技法で昇華させる。器の選定ふくめ美術鑑賞をするかのような、はたまた交響曲1楽章から最終楽章までを奏でる麗しい料理に射抜かれた。その後彼は日本食材、技法にインスピレーションを受けた独自の料理を創作していった。比類稀な感性に秀でるシェフのもとで修業した彼ら。現在、彼らの創作する『日本のエッセンスがそこはかとなく漂うフランス料理』、そのベースとなる出逢いでもある。また、兄のドミニクには将来を半ば決定つけると言っても過言ではない運命が待っていた。パテイシエールYoshiko Satoとの出逢いだ。彼女もまたChristian Bau氏を慕いこの店にやってきたプロ菓子職人。日本人である彼女。ドイツ菓子に惹かれ大学卒業後ドイツへ渡った。ドイツ国内で修業を重ね導かれるようにこの店に辿り着いた。
偶然とは必然とよく言ったものである。この3者の出逢いから彼らは再び次の世界へとキャリアを積み重ねていく。
兄ドミニクは、主にホテル付レストランで修業を重ねる。チューリヒの名門ホテルであるDolder Grand Hotel、 Heiko Nieder(ミシュラン2星、ゴミエヨ19点)、バーゼルのこちらも名門ホテルGrand Hotel Les Trois Rois, Peter Knogel(ミシュラン3星、ゴミエヨ19点)、トップシェフのもとで研鑽を重ね、前職Thunのレストランでは、それまでに身に付けてきたものを実現する機会を得る。スーシェフとしてコース創作はじめ、人財育成、コスト管理などのレストラン運営を体得。シェフとして大きな学びを得た時期となる。一方で、様々なコンテストへも果敢に挑み、初めて自身の名前で『ミシュラン1星、ゴミエヨ17点』を獲得する生涯忘れることのない機会にも出逢った。
弟ファビオは、BAU氏のもとを去った後、ドイツ、スイス国内のミシュラン1~2星、ゴミエヨ17点のレストランで研鑽を積み、前職であるベルンの『zum Ausseren Stand in Bern』では料理長を務めミシュラン1星、ゴミエヨ16点を獲得する。双子とは言え、やはりそこはひとりの個性ある人間。弟ファビオのイタリア気質を受け継ぐ明るさはレストランの光ともなっている。料理人は美味しい料理を作ることだけが役割ではない。美味しい料理は豊かな人間性から生まれ出づるものだ。ファビオがベルンの名店で料理長まで任されたのは当然の帰結であろう。
兄弟それぞれの道を進む中でも、互いにどちらが先に星を獲得するか!? 切磋琢磨。競い合うだけでなく、情報交換をして共有しながら互いを鼓舞し修業に臨んできた。いつの日か一緒にレストラン運営をする希望を携えて。
その二人に図らずも転機が訪れた。未曽有のコロナ危機が引き金である。
経営危機に見舞われたドミニクのホテルは度々オーナーチェンジを繰り返し、都度の方針転換を強いられる中、ドミニクの忍耐も限界を迎えていた。一方、ファビオもまた、料理長を務めるベルンの名店がもコロナ危機によりオーナー判断で閉店となる。
『今こそ、2人で一緒に始めよう』
思いつく考えられるホテル、レストランへ数え切れぬほどのCVを送る。面接に辿り着くも『2人同時採用』のハードルは当人たちが思う以上に高いものであった。
【The Chedi Andermatt】エリア開発の急先鋒にある5つ星ラグジュアリーリゾートホテル
当時(2023年初頭)総支配人職にあったJean-Yves Blatt氏。彼との出逢いがその後の快進撃へと繋がる序章となる。
『ふたりともに採用しましょう』
料飲部門に弱点を抱えていたホテルは、彼らの経歴、作品、人柄を評価し『レストラン部門改革の先導者』と期して採用を決定した。エグゼクテイブ・シェフ2人採用は人件費増額に直球する。GM決断も潔い。晴れて2人でのスタートラインに立った二人には、まだ知らぬ現実が待ち構えていた。人財難。着任時『The Japanese』には正社員1人、研修生1人。もはや営業活動も覚束ない人手の無さ。料理を創作する以前の問題がそこには在ったのだ。パテイシエールのYoshikoも参画し、兎にも角にも先ずは『人』。採用活動の強化と同時に、今ここに居る人、アルバイトであろうが徹底的に懇切丁寧に指導。コミュニケーションを図りチーム創りを並行して行っていった。休みの日には家族と過ごす時間と料理研鑽の時間を併用し、彼ら自身で調べたり噂を聞きつけた美味しい店を食べ歩く。
管理職としてホテル会議、珈琲ブレイクMTG、宴席対応など、八面六臂に活動した。愚痴る以前に『経験値』を得る、その意識が先行しているのだ。例え嫌われ役をかってでも、改革の波を止めることなく目標へ向かってひた走っていった。
2023年秋、ミシュラン2つ星、『Young Chef Award』ダブル受賞。それを機に、取材される回数は激増し、様々なレセプションに招聘されることも増えていった。世に露出される機会が増えると、彼らが原点でもあるBau氏の下へ修業に向かったのと同じく、志のある料理人たちから関心を持たれるようになる。好循環が芽生えていくのだ。
2024年6月、わたくしが再訪した際、キッチンには『はじめまして』のイケメンが居並んでいた。ほぼドイツ人。アメリカ人研修生の女性もいる。ドイツ語、英語飛び交う厨房は燃える熱気に包まれていた。笑いもあり、歯切れの良い会話が飛び交う。皆な、お客様の喜びに繋がる料理創作に心を傾け、と同時に己の研鑽に貪欲に向き合っている。
ホテル業界、飲食業界の人手不足は何も日本に限った課題ではない。ここチェディも同様だ。閑散期繁忙期があること、季節性に連動し易いこと、若い人が定着するに相応しいアク゚テイビテイに欠けること、等、どれも日本と同じような問題を抱えている。それをわずか1年ほどで解決に近づけ、更にこれからの新規展開へと繋げていく気概。ひとりひとりの熱量が高い職場は太陽のもとに居る心地すた覚える。キャリアアップ、キャリアチェンジで職場を変わっていく事のどこがブラックなのだろう。離職率の中には、組織に嫌気がさして出る者も居れば、そこで得た経験を更に向上させるため、いわば挑戦者となって去るものもいる。短期間に職場を転々とする、不平不満ばかりで居つく者は論外だが、キャリアアップのための離職には『繋がる未来』が見える。
ドミニク&ファビオがそれぞれに歩んできた道程。彼らは彼ら自身のキャリア形成を辿っている。誇らしいではないか。
双子シェフ唯一無二のキュージーヌはこれからも深化を続けていくであろう。彼らがBau氏から学んだように、Twinsから学び研鑽を積んだシェフが新たな飛翔をなすとき、ドミニク&ファビオ、そしてヨシコ、皆な惜しみないエールと拍手で讃えるだろう。
絆は果てしなく繋がっていく。

