40年近い歳月は、一つの問いに答えを見いだすには、決して短くない時間なのかも知れない。

19歳の私は、名古屋第二赤十字病院で一人の若い研修医と出会った。
だが、その時の私は、自分が受け取ったものを本当に理解するには幼すぎた。

『ホテル』という世界で、ひとりひとりの人生に寄り添い続けるなかで、いつしか、『ホスピタリテイとは何か』という問いを、自らに問い続けるようになっていた。
そして、その問いを抱き続けた先で、私は医療の現場に『ホスピタリテイの原点』とも言える姿を見いだしたのである。そう、語源を同じくする「ホスペス」の一翼を担うところ。

映画「その鼓動に耳をあてよ」が教えてくれたのは、救命救急医療の厳しさだけではない。目の前の命を救うことはもちろん、その人の人生に耳を澄まし、その人が再びその人らしく歩み出せるよう支え続けること。
そこにこそ、『医療』という営みの尊さがあること、それを奥底で語りかけていた。
そして、その在り方は、私が『ホテリエ』という仕事を通して問い続けてきた『ホスピタリテイの本質』と、深いところで重なり合っていた。

『ホスピタリテイ』とは、人を歓ばせるための技術ではない。洗練されたサーヴィスでも期待を超える演出でもない。目の前にいるひとりの人間を、「その人だけの人生を生きる」かけがえのない存在として受けとめること。
言葉にならない不安や悲しみに耳を澄ませ、その尊厳を損なうことなく、再び前を向いて歩み出せるよう、そっと傍らに立つこと。それが、私なりに辿り着いた『ホスピタリテイ』の答えである。

北川先生は、40年前からそれを一貫して実践し続けてこられた。
救命救急の現場で。
災害医療の最前線で。
そして、一人の19歳の患者と向き合う診察室で。
先生のまなざしは、病だけに向けられたものではなかった。病を抱え、不安や戸惑いのなかにいるひとりの人間へと注がれていたのである。だからこそ私は、病だけではなく、人としての尊厳を支えられていたのだと思う。

北川先生から教えていただいた『掖済』という言葉は、今では私自身の歩みを照らす道標となっている。
「ひとりの人間の傍らに立ち続け、その人の尊厳を信じ、支え続けること」
それを言葉としてではなく、ご自身の生き方そのものによって示してくださったのだと、あらためて思う。

腋に手を添え、支え、助け、導く。
その姿勢は、なにも医療だけに求められるものではない。ホテルにも、教育にも、企業経営にも、そして人と向き合うあらゆる営みに通じる、人間への深い信頼と慈しみの思想である。