災害予期せぬ危機は、その人が普段何を大切にして向き合っているのかを、あぶり出してゆく。
平時には見えにくい使命や覚悟が、極限の状況の中で明らかになるからだ。
2016年熊本地震の際、北川先生は救命救急医として被災地へ向かわれた。 新幹線で博多まで入り、そこからレンタカーで熊本へと向かい、熊本県庁に設けられた災害対策本部を拠点として医療活動を行ったと伺っている。余震の続く中、十分な休息を取ることも難しく、仮眠を取られた場所は県庁の廊下であったという。
この話を聞いたとき、私の中に浮かんだのは「献身」という言葉だけではなかった。
そこには、特別なことをしているという意識ではなく、目の前に救いを求める人がいるのなら、その場所へ赴くという、医師としての揺るぎない責任感や使命感があったのだろう。19歳の私と向き合ってくださったあの日の研修医は、幾歳月を経ても変わらず、人の命と尊厳に向き合い続けている。
そして同じ頃、私は長崎県・雲仙のホテルで総支配人として多くの判断を迫られる日々の中に居た。
突然の大きな揺れ、本震、そして幾度となく続く余震。
「お客様の安全をどのように守るか」
「従業員をどのように支えるのか」
「地域の中で、ホテルとして何ができるのか」
正解のない問いに向き合いながら、ひとつひとつ判断を重ねていた。
有明海を隔てたその先では、ひとりでも多くの命を救うために奔走する医療者たちがいた。 こちらでは、ひとりでも多くの人が不安のなかでも安心して過ごし再び日常へ戻れるよう努めるホテリエたちがいた。
勿論、命を救う医療と、安心や安らぎを提供するホテルを同列に語ることはできない。背負う責任も、その役割も異なる。しかし、人は困難に直面したとき、その人の傍らに立ち、自らにできるころに尽くすという姿勢において、両者深いところでつながっているのではないだろうか。
経済学者ピーター・ドラッカーは「組織の成果は組織の内部ではなく、外部にある」と、説いている。
私はこの言葉にふれるたび、医療にもホテルにも、そして組織経営全般にも、同じ事がいえるのではないかと感じてている。
病院の成果とは、高度な医療を提供することだけではない。患者が再び家族のもとへ帰り、その人らしい人生を取り戻していくことにある。 ホテルの成果もまた、最高のサービスを提供することではない。お客様が心身を整え、新たない一日へ向かう力を得るところにある。
この考え方は、後年、企業や組織への助言に立ち返る原点となった。 人的資本経営とは、人材育成や制度改革整備だけをさすのではない。組織の成果を、業績という数字だけでは測らない覚悟が、その根底にはあるのだ。 北川先生が県庁の草加で仮眠を取りながら被災地に立ち続けれたように、不安を抱えながらも持ち場を離れなかったホテリエたちのように、ひとひひとりが自らの意志と誇りをもって力を発揮できているか、そこにこそ、組織が本当に生み出すべき成果がある。
仕事の成果は、建物の中に残るものではない、人々が再び歩みだす姿のなかにこそ、残っていくものである。
