― 外国資本がスイス・ホスピタリティにもたらしたもの ―

第1回では、The Chedi Andermattに新たなゼネラルマネージャーとして就任するトーマス・ゴヴァル氏のキャリアを通して、現代のホテル経営者に求められる資質について考察した。

その中で私は、彼がビュルゲンシュトック・リゾート、そしてラッフルズ・シンガポールという二つのラグジュアリーホテルで要職を歴任してきたことにも触れた。

実は、この二つのホテルには一つの共通点がある。

いずれもカタール政府系投資会社「カタラ・ホスピタリティ」が所有するホテルであることだ。

現在のラグジュアリーホテル業界では、「誰がホテルを運営するのか」と同じくらい、「誰がホテルを所有するのか」が重要な意味を持つ時代になっている。

かつてスイスの名門ホテルの多くは、創業家や地域資本によって守られてきた。ホテルは地域の象徴であり、代々受け継がれる文化そのものでもあった。

しかし、21世紀に入り、その構図は大きく変化していく。

世界的な金融危機、観光市場の国際化、そして富裕層マーケットの拡大を背景に、ラグジュアリーホテルは「ホスピタリティ産業」であると同時に、「長期保有型の優良資産」として世界中の投資家から注目されるようになった。

とりわけスイス連邦は、政治的安定性、ブランド力、そしてアルプスという唯一無二の観光資源を有することから、海外投資家にとって魅力的な市場であり、今尚その志向を維持し続けている。

スイス政府の公表資料によれば、観光産業は国内総生産(GDP)の約3%を占め、約17万人の雇用を支える基幹産業となっている。特にアルプス地域では、ホテルは宿泊施設という枠を超え、地域経済を支える重要なインフラとしての役割をも担っているのだ。

その価値に着目したのが、中東をはじめとする政府系投資ファンドであり、『カタラ・ホスピタリティ』もその代表例の一つだ。

同社は世界各地でラグジュアリーホテルを保有しているが、
特徴的なのは短期的な売買益を目的とした投資ではなく、長期保有を前提としてブランド価値を高める投資戦略を採っている点にある。 ビュルゲンシュトック・リゾートへの大規模投資は、その象徴ともいえるだろう。 結果、 長年眠っていた歴史あるリゾートは、多額の投資によって世界屈指のラグジュアリーリゾートとして再生された。

「ラッフルズ・シンガポール」もまた、カタラ・ホスピタリティが所有し、アコーグループが運営する「所有」と「運営」を分離した経営モデルの下で、そのブランド価値を維持している。

こうした経営手法は、現在の国際ホテル業界では決して珍しいものではない。

では、外国資本の流入は、スイス・ホスピタリティに何をもたらしたのだろうか。

私は、その答えは一つではないと、私は考えている。

多額の投資によって歴史あるホテルが再生され、施設の近代化や環境対応が進み、国際競争力は大きく向上した。世界中から優秀な人材が集まり、ブランドの発信力も飛躍的に高まった。

その恩恵はホテルだけではない。
地域経済や雇用、関連産業にも波及し、観光立国スイスの競争力を支える一因となっている。

しかし、その一方で、地域との関係性や文化の継承、人材確保という新たな課題も生まれている。

所有者が国境を越える時代だからこそ、ホテルにはこれまで以上に地域との共生が求められる

また、慢性的な人材不足が続く中で、優秀な人材を世界中から確保し育成し続けることは、資本だけでは解決できない経営課題となっている。

私は、資本そのものを否定するつもりはない。

むしろ、適切な投資はホテルを守り、地域を支え、新たな価値を創出する原動力になり得る。

が、しかし、どれほど立派な建物を造り、最新の設備を導入しても、それだけで『ホスピタリティ』は生まれない。

ホテルの本当の価値を創るのは、そこで働く人であり、その文化を受け継ぐ組織である。

建物は所有することができる。

ブランドを取得することもできる。

しかし、ホスピタリティという文化だけは、投資だけでは手に入らない

だからこそ、これからのホテル経営で問われるのは、
「誰が所有するのか」だけではなく、「誰が人を育て、その文化を未来へ受け継いでいくのか」という視点ではないだろうか。

次回は、その「人」に焦点を当てる。

世界最高峰のホスピタリティ教育機関として知られるEHLをはじめ、スイスがなぜ世界中へ優秀なホテリエを送り続けているのか。そして、現場経験を重ねながら国際的なキャリアを築く「人材育成」という視点からスイス・ホスピタリティの強さを考えてみたい。