「Grand Hotel Les Trois Rois」
かつて、このホテルは「Drei Koenig」と呼ばれていた。ドイツ語→フランス語に変わるも『3人の王様』を意味する。
この王様方、聖書に登場する「東方の三博士」。イエス・キリスト誕生の祝いに彼のもとへと訪ねた三賢者;メルキオール、バルタザール、カスパールである。その王様を象徴に建てられた館がこのホテル。スイスを代表するグランドホテルだ。余談ではあるが、東方三博士が祝いとして贈ったものには深い意味があり、黄金=この世の王様、乳香=神、没薬=救世主を表わすとされている。
ゆえに、この世のすべてをイエスに捧げる、それを象徴的に示唆するものであろう。コンクラーベの時、サンピエトロ大聖堂で大きな器から白い煙がゆらゆらとたつのをご覧になった方も少なくないでしょう。とても精霊で嫋やかな香り。

このグランドホテルの創業は1844年、その前身となる宿時代も併せれば1681年まで遡及する。
スイスで最も長い歴史を誇るホテルのひとつであり、バーゼルの迎賓館とも言われる荘厳で壮麗なグランドホテルである。
客室数は100室ほど。小中規模ホテルだ。「グランドホテル」と称されるホテルの多くは100室前後の規模で、一つ一つの部屋の意匠、インテリア、用途、ユニークネスなど細部にその意味を込めて作り込まれている館が少なくない。このホテルもまた悠久の歴史に育まれてきた数多のストーリーを有している。往時へとタイムスリップするかのような設え、アンビアンス、調度品ひとつとっても文化財である。かのナポレオン・ボナパルトがこのホテルでビジネスランチをとったと言われ、エリザベス2世などロイヤルファミリー、また、トーマス・マン、パブロ・ピカソなどの芸術家、いわゆる歴史上のセレブリテイ等がホテル時間を愉しんだ館。

今回、このホテルで唯一のお部屋「River Room Herzl」に宿泊。22平方と広さは狭い分類になるが、ライン河添いにバルコニーを設えた眺望の豊かさに加え、インテリア、デコレーションを「Dr. Theodor Herzl」へのオマージュとして往時アンビアンスを静謐に復元している。失われた祖国イスラエルを取り戻すシオニズム運動を起こした一人であるヘルツルは、1897年、ホテルのあるバーゼルに於いて第一回目の「シオニスト会議」を開催する。各国から集まった代表者200名が参加するこの会議で、ヘルツルの確固たる威厳、紳士然とした立ち居振る舞いは「ユダヤの王」と呼ばれるほど凛々しく雄々しいものであった。そのヘルツルを讃えた部屋に泊まれるとは何とも幸運なことでしょう。

部屋へ案内されその扉は開かれた。目に飛び込んでくる柔和な質感の中に、「いつか見た光景」が穏やかに脳裏を逡巡する。シンプルなのだ。だが、何だろう、質感の重厚さは経てきた歴史絵巻をそのまま広げている雄大さがある。
一朝一夕、ブランニューなホテルでは先ずもって出会う事のない気高さが漂っている。
ベッドパッド、カーテン、シーリング、電灯、照明、椅子。。。。。ひとつひとつに魂が宿る息遣いを感じる。
ルームINするやいなや、あちこちを見まくる。引き出し扉など開けては目視確認をする、これ、ホテリエの性です。
グランドホテルの名を汚さぬパーフェクトな室内。どの魅せ方が最も麗しくこの部屋を特徴つけられるか、そこは計算設計している。
その上でサーヴィス、ホスピタリテイの厚みは「人の手と心」でなされているのがよく分かる。まろみを強調するところは1ミリのずれもなく、柔和色調の中で敢えてエッジを効かせたいのであろう、シャープなライン構図も見事なまでに二等辺三角形。
思わず纏いたくなるようなジャガード織で光沢のあるカーテン。これが、難儀なくらいに重い!床面にきっちりではなく、それこそイヴニングドレス張りにたっぷりと余裕を持たせてある。バルコニーへの扉を開くと目の前を流れるライン河。
あたかもライン河の上に居るようなどっぷりと研ぎ澄まされる時だ。視覚、聴覚、臭覚、心の目、すべてにラインは話しかけてくる。
真冬の寒空ではあるが、チェアに座り暫しその余韻に現世の憂さを溶かしていく。

「ウエルカムフルーツ」
これを目にしたとき、彼らのホテリエ魂と実践に基づいたトレーニングが日々継続されていることを知った。
カトラリーの揃え方も然りだ。ただ置いておけばよい、ではない。何時の方角に何を置く。。。こう言った現場実践でしか修得しえない輝きが部屋のあちらこちらに見られたのだ。「Be Our Guest」「My pleasure」の精神とでもいおうか。
それが伝わるときの感動はすべてを凌駕していく。これぞ、ホテル!と思わせてくれる。
フルーツの種類はどこにでもある普通の果物だ。そこにホテリエ魂が注がれ「ゲストをお迎えするフルーツ」へと昇華する。これが大切なんだと思う。

冷蔵庫内、ルームバー内にある飲物、スナックはすべて無料。5☆ホテル級は普通にあることで特段の驚きはないが、そのアイテムの揃え方も秀逸だった。炭酸ドリンク、フルーツジュース、エナジードリンク、地ビール等々、スナックも五味のバランスを整えたものが置かれていた。

「アメニテイ」
「FEUERSTEIN」Swissメイドのナチュラルプロダクツだ。それらでラインナップされたアメニテイー類は、持ち帰り可能な個包装ものと、サステナビリティ賦活目的のため詰め替え式用品も置かれていた。
高価格帯ホテルで詰め替え式?
いやいや、ここはBasel。土地柄ゆえに各国ビジネスマンの商用目的利用が大半だ。彼らの多くはサステナビリテイ社会への貢献に大きな関心を持つセグメント。都市型ホテル、エグゼクテイブ層、アッパー層がメイン顧客であるからこそ賛同を得られ、これもホスピタリテイのひとつとなる。このプロダクツ、優しく甘い香りで残り香が少なく、潤いキープ力が強いのでお気に入りです。

「都市型とリゾートの在り方」
ブレックファスト時に両者の違いがよく分かる。同じ人物であっても、都市ホテルとリゾートホテルとでの滞在の在り方が異なるという事だ。このホテルのように、大都市圏且つ悠久の歴史をかかげるグランドホテルには、スイス国内問わず各国から政財界人、エグゼクテイブ層の集客が多く「ホテルは人なり」の格言通り、どこか厳かでよそいきな空気感が漂っている。
朝食時、集まってくるのはほぼスーツ姿かそれに準じたビジネスファッションの宿泊客だ。朝からびしっと決めて、オーダーもシンプル。あれこれとお皿の枚数が重なっていく事は少ない。ビジネス話をしながら、クロワッサン、コーヒー、チーズ、フルーツなど。
滞在時間も30分程度だ。朝食を終えたらビジネスへと向かう。一方で、リゾートホテルの朝は賑やかだ。ラフなウエアに身を包み、ビュッフェのあれこれを楽しみながら、家族、友人、恋人などと会話を楽しみながらゆっくりと時間を過ごしている。
フレッシュジュースに始まり、用意された多種多様な料理をいただきながら延々と楽しむ。食後は夏場はハイキング、プール、冬はスキー。仕事から解放された人生時間を愉しむ一日の始まりだ。
目的が異なればその使用途も異なる。 ホテルと言っても一括りに語れない奥儀がある。それが「ホテル」だ

Theodor Herzlの部屋 このホテルで唯一であり、ヘルツルへのオマージュを意匠としている。白蝶貝様の天井に燦然と輝くシャンデリア。放射線状の閃きはかつてのあの日へといざなってくれる。
感動した!オーバルの器に均等に枝を残した果物。オレンジまで枝を添える、このデザインを描けることがホテリエ魂と思う。教科書には書いていない、培われた経験値の賜物である。歳月を経て、ホテリエ魂は育っていくのかと思う。本当にこの仕事が好き!それがあれば。。。
ライン川沿いの壁にはセオドール・ヘルツルのオブジェ。彫金。このホテルに所縁のある偉人を讃える部屋を創る。。。歴史があるからこそ叶う夢だ。 この部屋は世界にひとつしかない。その価値もまた世界にひとつ。