すらっと背の高い颯爽とした姿の陰影、ソフトスーツにはタイを締め、磨き上げられたシューズ。
彼方から近づいてくるその人は、目前にする前から紳士然とした風格に漂い表れていた。
『ようこそ我々のホテルへ。どうぞ私をジャンイヴと呼んでください』
最初の挨拶から、彼はホテリエの王道でありホテル総支配人としての品位に溢れる人柄を発していた。
初めての面会、初めてのインタビュー取材にかなり緊張する私をそっと和らげ解きほぐしてくださる。ホテリエとしての長きに渡る経験は、わたくしが目指した若き日の『ホテルGMは民間の外交官』その在り様を思い出させてくれるものでもあった。
彼の名は、ジャンイヴ・ブラットさん。
取材時(2023年7月時点)スイス連邦ウーリ州アンデルマットに君臨する5星ホテル『The Chedi Andermatt』総支配人職を、
開業翌年からおよそ9年間近く務めていた生粋のスイス人ホテリエだ。*過去形で表するのはインタビュー取材後の同年9月末を以て当該ホテルを退いたことによるもの。
スイスでも著名なリゾート地として名を馳せるグシュタート。その地で小さな宿を営む両親のもとに生まれ幼少期より多くのゲストが出入りし交流する中で育つ環境にあった。高校卒業後のジャンイヴの人生は現場から始まる。名門ホテルスクールへ直進学ではなく、南米へ向かい現地のホテルレストランでコック見習い、サーヴィスなどの経験を積む日々を重ねる。
『なぜ、南米へ行く事に決めたのですか?』私の問いに、
『若い頃は、色々な体験をしたいと思うし、それにスイス以外の世界を見たかったのだよ』と答えてくれた。
『でも、なぜにそれが南米なのですか?』更に突っ込む私に、
『大陸は広い、そして南米には土着の雄々しい文化が遺っている。その世界に憧れたんだ』
18歳の青年が抱く大志の大きさに、度肝を抜かれる思いが走った。
数年間、南米各地で前述の如く『コック見習い』『レストランサーヴィス』の現場で日夜の現場修行。
そんな日々を送る中で、日に日に彼の中で『ホテルマネジメント』を学問的な見地から体得する意欲が芽生えてきた。現場修行で貯めた資金をもって帰国。ローザンヌホテルスクールへと進学を決め入学を果たした。
卒業後は一貫してスイス国内のハイエンドラグジュアリー5星ホテルにて、各セクションの現場研鑽を重ねる。セールス&マーケテイングマネージャーとして『The Lausanne Palace Hotel & Spa』、後にDirector職務に就きワールドワイド開拓に貢献、Kempinski Hotel le Mirador, そして生まれ故郷でもあるグシュタートでは、Grand Park Hotel Gustaadの総支配人職を7年間近く務めた。いづれも風光明媚セレブリテイに愛顧されるリゾートの5星ホテルである。
その彼にコールがかかり、開業間もない外資系企業エリア開発の核として建てられた5星ホテル総支配人の就任に至った。
アンデルマットは【生気を失った村】と言われるほど、寂れてしまったかつての観光地であった。
ここ10年は開発目覚ましい一大開発地区とはいえ、、ジャンイヴさんいのそれまで勤めていたホテルとは全く趣が異なる。彼にとっては新たな挑戦でもあったのではないか。
2時間近くに及ぶインタビュー。途中からは歓談になるも非常に豊かな時間となった。と同時に『ホテリエとは?ホテルGMとは?』彼との対話の中で、その根源を思い出させてくれた。
スイス山岳リゾートに属するアンデルマット。その運営は多くのリゾートと同じく閑散期と繁忙期に大別される。
繁忙期:6月~9月半ば、12月~3月末頃 閑散期:4月~5月、10月~11月(約4か月間)
運営の舵取りとして緩急を明確に付けて収益と教育のバランスを図ることが事業継続には重要であること。
日本のリゾート地同様にアンデルマットでも人材難、人的資本の獲得はにはもっとも苦慮している点のひとつであること。
そのような状況下であっても次の点に留意しポイントを付けて採用活動をしている。
① Attitude(態度、人間性) 80%
② Competence(技量) 20%
即戦力と考えた時に、どうしても②を優先しがちになる。然し、ホテリエとして最も大切なこととして①Attitudeであること、強調されていた。①はそのひとの習慣であったり、心持が主軸にある。 ②はTo Learn これからでも学び訓練することで身に付けられること。ジャンイヴの説明ひとつひとつに頷きは深くなる。現場から始まり一連の経験を重ねて来られた彼の言葉には本質を見抜く秘策がある。人間性はなかなか修正できるものではない。 ホテリエと言う仕事は『人の心』がする仕事なのだ。向き合い方がこの先に光を見るか否かの基準であること、人を見る大切さを授かった。
更には、① Creativity(創造力) ② Attitude(態度、向き合い方) ③ Innovation(改革力)これらを観点に採用を進めていると話してくれた。言われたことをするだけでなく創意工夫ができるか、もっと進歩的な策はないか、など現状から次の観点を見据える力。それらの素養も重要視している。
また、これからのLeaderは、Transaction(業務処理)からTransformation(変容)を視点とできることにある。
あるセクションで仕事の伸びが見られなかった場合、『あの人はダメ』ではなく、『別のセクションでアサインして観てみよう』といった変容性が肝要であると話していた。頭の痛い過去の痛恨だ。
最後に、『GM(総支配人)とはどういう人でしょうか?』ちょっと愚問と思える私の問いに、
『DiplomatでありPolitician』この資質が肝要だ、と直球アドヴァイスをくれた。
若き頃からずっと総支配人は『民間の外交官』と携えて向き合っていた私。実際にその職務に就き『Political Skill』の重要性を俄かに感じ取っていたのは本当のところである。ジャンイヴさんが放ってくれた言葉に、2時間前の初対面時に直感を覚えた『この人、GM!』の閃きを私の直感が強ち間違っていない事と、改めてホテリエ、殊にGMの役割、社会との関係性について大きな指針となった。
それから2ヶ月後、突然の退任の報告に詫びしさと驚きのあまりジャンイヴさんへ一報を入れた。この10年間新たな試みに正面から対峙しこのホテルGMとして佳き時間を過ごせた。次のdecade(10年)は新たな体制を新たなメンバーで創っていくのを願う。
家族経営はともかく運営トップが交代することが前提にあるホテルは、GM任期もひとつの戦略だ。潮目を見極める英知が大切になってくる。
「次はどちらへ行かれるのですか?」問い続ける私に、
「今しばらくは、家族との時間をいちばんに考えたい」
どこまでもダンディズムだ。だが、そんなホテリエを業界が黙って見ているはずはない。それから1ヶ月余り、彼は由緒あるリゾートホテル含めたエリア開発統括責任者にとして新境地を開く連絡がくれた。喜びに心が湧きたった。
更には、もうひとつ嬉しく思えたのは、先回のトピックスで紹介した佳子さんとその夫ドミニク&ファビオ兄弟シェフ、
彼らを採用したのはジャンイヴだ。その彼が彼らの元を去ることに対して不安は呟くも不満を吐かなかったことだ。
『とっても素晴らしGMだから、またどこかのホテルで活躍して欲しいな』
その言葉を彼女から聞いたとき、マチュアな世界観の中にあるホテリエの世界は、どこまでもダンディズムであり、
多様性と包摂性に溢れるスイスホスピタリテイであること改めて深めるきっかけとなった。

WEBサイトより引用。ジャンイヴさんに初めてお会いしたとき、わたくしは私自身がホテリエ道を目指したきっかけとなす、
スイス人GMを思い出した。素晴らしいGM,、こんなGMと仕事をしたい!そう思い焦がれるほどに、
厳しさと慈愛差を兼ね備えた紳士である。